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創作物語 ~トム君の話-1~

最近ただ生きてるだけで十分幸せなので、私の関心事はもっぱら
「如何にして楽に金を儲けるか?」
になっております。
いいんですか?こんな私でも皆様に許してもらえますか?

まだ計画段階で必ず皆様にお勧めできるって訳ではありませんが「山崎元」先生の本を読んだりしてます。
気になるブログは「梅屋敷商店街のランダム・ウオーカー」です。
いまねー円安だし、株価暴落してるし、あーインデックスとかETF欲しいな~~

絶対お勧めできるのは「確定拠出年金(DC)」です。
やり始めはメンドクサイけど、お得です。やったほうがいいと思うの。

で、ですね。本題です。先月ごろかなあ。
クリストファー・ノーラン監督の作品で、「インセプション」「メメント」を見た後、
「キリスト教の言ってる『原罪』ってどんな感覚かわからんわー。」とか言ってたら、
バババっとなんか良く判らんが、とあるアメリカ人の人生について物語が始まっちゃいました。
なんか、面白そうだったので、物語風味に仕上げてみました。

「『原罪』が判らんとか、お前がゆーなー!」という「突っ込み」かなあ。と思ってます。

トム君は最初、ハンチング帽にサスペンダー、Yシャツ、膨らんだズボン、近世の7-8歳の男の子。アメリカorイギリス文化圏の方。スラットした体型の方です。碧眼、茶~金髪。で現れました。

以下、ノン・ヘミですが、トム君の自分語りです。

僕はトム。物心付いたときにはアメリカのコネチカット州の教会にある孤児院で生活をしてたんだ。

寒い寒い12月、クリスマスの日に教会の扉の前に捨てられていたと神父様が言ってました。
だから僕の誕生日はクリスマスでキリスト様と一緒なんだ。
薄い肌着に毛布に包まって、かごに入れられた状態で雪が直接当たらないところに置かれていたそうです。
一緒に野良猫が寝ていてくれなかったら、僕は凍死してたんじゃないかな?と神父様は言ってました。
本当の親にはあまり大切に思ってもらえなかったみたいで、僕はガッカリしました。
僕って愛されてないんだなって。
出来れば自分を産んだ親に位には大事な子供でありたかったな。

僕は教会の中にある孤児院で育ちました。
牧師様は優しくていい人だったけど、僕は大勢居る中の一人だったし、他の子供達と仲良く出来てませんでした。
なんでか判らないけど、僕は生意気なんだってさ。
ご飯を横取りされたり、大勢に囲まれて殴られたり、寒い日に水ををかけられたり、池に突き落とされたりで、散々だったよ。

でもさ、僕は神様を信じていたから、いい子で居ようと頑張ったんだ。
いい子でいたらきっと皆は僕のこと好きになってくれるって信じてたからね。
子供なりに色んなこと考えて他人の期待に沿おうと努力したんだ。
ちょっと、ひねくれてたかもしれないけど、素直な子供で居た頃よりは虐めはマシになったよ。

僕ね色んな事考えてかつ愛されるように努力したんだ。
あいつはどうしたらどう行動するかって凄く考え続けたんだ。
誰も僕のこと愛してくれなかったから、神様に愛されたいって思ったのもあるよね。
僕は神様の一番のお気に入りになれるなら、どんな努力も厭わなかったよ。
凄くがんばったんだ。

神様の教えを破らない範囲でやらないといけないって結構大変さ。
だって敵に仕返ししちゃいけないからね。
今なら嫌な奴は素直にぶん殴ってやれるんだけどさ。その方が仲良くなれたかもしれない。
相手にしてみたら何をやってもニコニコしてる薄気味悪い子供だったと思う。

神父様もこんな僕に同情はしたけど、全ての子供達の面倒も見なくちゃいけないから、現実的には見て見ぬ振りだった。
悪い人じゃなかったけど、神父様もちょっと僕が生意気で苛めたくなる悪餓鬼の気持ちも判ったのかな?
でも、神様の教えは熱心に教えてくれたんだ。
僕もソレを信じたし、心の支えにしてた。
僕は罪深い人間だって自分で信じてた。親を恨まずに自分を恨んだ。僕が悪いから捨てられたんだってね。

大きくなって考えてみたら、僕を捨てた親が悪いに決まってるし、僕は自分を責めるべきじゃなかった。
自分を責め続けたからいじめっ子が絶えなかったんだね。
後から気が付いたけど、子供の僕ではいい子にするのが限界だった。
其処まで考えられなかった。僕も必死で生きてたんだ。

とてーも長いんで分割掲載します。<トム君の話-2>に続く。
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