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寝言は「はい、今から出社します」(23)松尾大社

どうも。コピペ職人・猫田です。
私は自分のイメージonlyから何か作るよりも、既存の知識から引っ張り出すのが好きなんですかね。メンドクサイのに。
短文をパクればコピペですが、ありえない分量をパクれば勉強家なんですよ?(自画自賛)

『松尾大社(まつのおたいしゃ);京都府京都市西京区嵐山宮町
式内社(名神大社)で、二十二社(上七社)の一社。
[祭神] 大山咋神 (おおやまぐいのかみ)。
中津島姫命 (なかつしまひめのみこと) - 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)の別名とする。』

調べたけど、松尾大社公式HPには大井神社は無くて、櫟谷宗像神社のみ境外末社として記載されてました。
神社覈録(1870・明治初期)では大井神社を消してはならないとの記述が残ってます。
ここの秦氏はかなり平和的で、政府に隠れて、こっそりと大井神社を残したのかな?と思いました。
(秦氏は出自を隠したい渡来人が使ったの氏名で、様々な人が含まれると思ってます)
後世に「あれ?なんかここの神社なんか変?」って引っかかる物好きの為に用意された入り口かしら?(妄想爆発)
小さいけど創建由緒・年代等が不明の神社って要注意です。なんか秘密があるかも?
HP由緒巻頭に、元からあった祭祀所に神社を作ったとの記述があります。

松尾大社公式HP・御由緒から抜粋
『当社の御祭神“大山咋神”は、当社社殿建立の飛鳥時代の頃に、始めてこの場所に祀られたものではなく、
それ以前の太古の昔よりこの地方一帯に住んでいた住民が、松尾山の山霊を頂上に近い大杉谷の上部の磐座(いわくら)に祀って、生活の守護神として尊崇したのが始まりと伝えられております。

五・六世紀の頃、秦氏の大集団が、朝廷の招きによってこの地方に来住すると、その首長は松尾山の神(大山咋神)を同族の総氏神として仰ぎつつ、この地方の開拓に従事したと伝えられてます。
また秦氏は保津峡を開削し、桂川に堤防を築き、今の「渡月橋」のやや少し上流には大きな堰(せき=大堰→大井と言う起源)を作り、その下流にも所々に水を堰き止めて、そこから水路を走らせ、桂川両岸の荒野を農耕地へと開発して行ったと伝えられてます。

秦氏が、大和時代以後朝廷の財務官吏に就き、膨大な財力で平安京へ遷都を誘引しました。
文武天皇の大宝元年(西暦701)に秦忌寸都理(はたのいみきとり)が勅命を奉じて、山麓の現在地に神殿を営みます。
社殿の背後の松尾山を含む約十二万坪が境内です。
松尾山は別雷山(わけいかづちのやま)とも称し、七つの谷があり、古代の磐座(いわくら)、「御神蹟(ごしんせき)」はこの山中です。

古記によれば和銅7年(714)、この谷より
「首に三台(三つの星)をいただき、背に七星を負い、前足に離の卦を顕わし、後足に一支あり尾に緑毛・金色毛の雑った長さ八寸の亀」
が現れ、朝廷に献上したところ、嘉瑞なりとして霊亀と改元せられ、亀は再び元々の谷に放たれたという言われがあります。
松尾大社は神使を亀とすることでも知られる。』

大山祇神って「亀を神使とする」なんて凄くない?日本の神社で亀はスサノオ様の象徴ですよ?

ぶっちゃけ、結論から言うと、【大綿津見神(オオワタツミ)=スサノオ様】だと私は思ってます。
竜宮城との噂の高い対馬にはスサノオ様を島の大国魂として祭るし、大己貴、五十猛を含めスサノオ様関連神社が6社あるのに、綿津見神は2社と少な目です。実際に朝鮮半島に行くときここを拠点にしたという伝承も多くあります。

昔、海人族は何もない海を航海するときに星を見て方向を見極めました。
海人として有名な安曇族は旗に北斗七星と月と日を書き一族のシンボルとして掲げます。

海人族は、北極星と、それを中心に回る「北斗七星」の位置を目印に、航海をしていました。
中心の「北極星」を紫微星と呼び、「天子(皇帝)」を象わします。日本でいえば、「天皇」です。
その直下に、「天子の乗り物」また「将官」らを象わす「北斗七星」があります。
「おおぐま座」の一部が北斗七星ですが、「おおぐま座」の3つの足に位置し、2つずつ並んだ6つの星々が、「綿津見三神」と「住吉三神」で六柱の神を象わすそうです。その6つの星々が「三筒(三台)」らしいです。

「首に三台(三つの星)をいただき背に七星を負い」 めっちゃ海人族の王だって主張してるように見えます。

「前足に離の卦を顕わし」 離(り)は八卦の一つ。方位としては南、地支では「午」を示す→牛頭天皇かな?

「後足に一支あり」 [枝分かれしたもの] かもですが、
一支国(いきこく、一支國)とは、中国の史書に記述される倭国中の島国である。1993年、長崎県教育委員会は壱岐島の原の辻遺跡が一支国の跡であると発表し、話題となった。←竜宮城はこっちかもしれませんね。

「尾に緑毛・金色毛の雑った長さ八寸の亀」 緑毛の亀とは、年老いて甲羅に緑色の苔が糸状に生えた亀の事。その緑毛の中には金色の線が混じるとされる。亀は長寿の象徴であり、中国では龍・鳳凰・麒麟とならんで四霊の一つに数えられ、緑毛の亀は特に珍しく、瑞祥の最たるもの。←珍しくて、おめでたい象徴でした。八寸はとても長いぐらいの意味かな?

当時日本の最先端技術を詰め込んだ(から絢爛豪華に見えた)、竜宮城、海人族の王「大綿津見神=スサノオ様」を使役する、大山祇神。えらいこっちゃ。(つづく)
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