記事一覧

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

寝言は「はい、今から出社します」⑳蛇神ナーガ

八大龍王の検索をしてたら、ちょっとオモロイ記事を発見したので、私の私見で抜粋しました。
蛇神ナーガの系譜-インド旅の雑学ノート
 
『二匹の絡みつく蛇の図像がある。二匹はカップルであり、オスはナーガ、メスはナーギィと呼ばれる。
その交合からエネルギーを発生させ、生命を作り出す神秘的な動物、さらに不老不死の象徴として、古代から今に至るまで、ヒンドゥー教の世界における重要な役割を果たしてきた。

蛇崇拝はインダス文明期にはすでにその痕跡はあるものの、蛇信仰の起源は謎である。
ナガ(ナガス)[蛇?]を名乗り、ヨーガに習熟し、シヴァを熱烈に信仰する、インドの放浪修行者集団「サドゥー」がある。

彼らが行う「ヨーガの基本的なエネルギー」である「クンダリニー」には、とぐろを巻く蛇がイメージされている。
そのエネルギーはヨーガを通じて、体中に張り巡らされた気道をつたって天界へと上っていくのだが、それは絡み合う二匹の蛇をイメージしたものであるともいえるだろう。
イメージというのはヒンドゥー教の世界ではまさしく具現したことに他ならないから、彼らナガサドゥーの奇妙な修行はまさしく内なる蛇をよみがえらせようとする試みかもしれない。
また、クンダリニーがつたう気道はナーディーと呼ばれるが、これはナーギィが訛ったものであり、まさしく蛇を意味している。』

ちょっと前までこうゆうの、信じない人多かったけど、アメリカからの逆輸入で流行ってますよね。
クンダリーニはトグロを巻く蛇ってwwwいましたね、そんな人。→寝言は起きて言うものよ?⑤饒速日、下照姫
ウガヤ朝の皆様が蛇や龍って言うのは、ヨガの達人ってことかしら?
ヨガの講習で集団で瞑想した人が、その場に渦巻くエネルギーを、蛇や龍に見えたって人が居ました。
他の人は幾何学模様や天使に見えたそうです。
同じ物を見ても人によって受け取り方が違うおもろい例だと思って覚えてました。
私も気功をかじったとき、体中の気を螺旋状に編んで登頂(クラウンチャクラ)から出してくださいって言われたわ。
気功の「気」=クンダリーニってことかしら?
「元気」「勇気」「気配」とか「気」のつく漢字で表される物はみんな「気」で出来てるらしですよ?

『メスの蛇を意味するナーギィとはインドでは川を意味している。
大地はもともと女性だとするインド古来の伝統からきているのかもしれない。
人の体をクンダリニーが走っていくように、大地には女神ナーギィが走っていく。
なかにはサラスヴァティーのように、地中奥深くを走る川もあり、これらすべてにナーギィの名が与えられているのは見過ごすことが出来ない。』

私も見過ごせませんでした。川を蛇に例えるって日本にもありましたよ?
しかもウガヤ朝の人達はだいたい揃って「水分りの神」ですよ?龍で蛇で雨乞いと川とかの神ですが?
しかもサラヴァースティー=弁才天(at Japan)ですし。

『それは他方、クリシュナやインドラが退治した蛇の怪物もまた、本来はこうした女神であったかもしれない、ということを意味するのではないだろうか。
インド土着の文化の復興が見られたが、その一つの象徴が蛇であったと考えられる。
シヴァは首にコブラを巻きつけ、またときには、その蓬髪や腕にもコブラを巻きつける。また、その頂頭部に流れ落ちているのはガンジス川だが、川がナーギィ、つまり蛇であることを考えれば、その密着ぶりは異常なほどだ。』

をいおうぃ。蛇を首に巻きつけてる人もどっかにいましたね。(の大和国天河大辯財天縁起、長い漢文のやつ)
そしてインドでも、たぶんCF系統の新興勢力に押されてます。

『中国では蛇は神的な存在で、大地を司る龍、川をナーガとみなしてきた古代インドの自然観と共通している。
これを伝えたのはサドゥーに違いないだろう。
大地の起伏を自らの足で踏み越え、その気脈(気道)を探ってエネルギーのありかを探し続けるのは風水思想の萌芽に思える。』

紀元後(AC0以降)なら中国から輸入文化かもですが、日本の縄文人は6.8万年前にアフリカで発生して、3.8万年まえから日本に住んでます。
中国人の元になる、NO系統Oが発生したのが3.8万年前辺りで、漢民族を代表するO3系が発生するのが2万年前です。
縄文人が移動してたときにはそもそも居ないに等しいはずです。

ナーガ(蛇)信仰は特に南インドで崇拝されるそうです。
南インドといえば、遺伝子ハプロタイプ、DE系統Dが6万年前アフリカを出て中東を経由し、日本に来る時通り道になった所です。
インドとタイの間のアンダマン諸島にはD*系の遺伝子を持つ方が100%です。
紀元前の文化遺跡であるペトログリフ(文字のある石版)では、インドと日本が同じ文字を使ってたのを、こないだで知りました。

和歌山県、那智の青岸渡寺は
「当山は仁徳帝の頃(313-399)印度より裸形上人が熊野の裏に漂着、現在の堂の地に庵を結んだのに始まると伝えられている」 とされます。
裸のインド人はナガサドゥー(出家修行者)が船で冒険しててうっかり日本紀伊に流れ着いたそうです。
うまく潮流に乗ったらインドから日本に来れるって例ですね。

これは、中国経由でなくても同じ文化を持つことはアリエール。ですよね、奥さん。

なんか面白くなってしまい、白山比咩神社にいけなかった。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。