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寝言は起きて言うものよ?②中山寺

休みの日の朝、目が覚めて超低血圧(上80下50)な私が床にへたり込んで座ってる所に夫が来ました。
夫「国民よ立て!悲しみを怒りに変えて、立てよ国民!ジオンは諸君等の力を欲しているのだ!!」
夫・私一緒に「「ジーク・ジオン!!ジーク・ジオン!!」」(←私、元気が出る)
うちの家庭は平和です。この人と一緒なら何でも乗り越えられる気がします(愛)
ちなみに2人ともアラ・フォーのいい年した大人です。いい年してガンダム、ガンダムってどうかしてるよね☆
でも、そんなアホな自分が愛おしくて仕方ないので辞める気は全くありません(`・ω・´)キリッ

「寝言は起きて言うものよ?」シリーズ②。猫田、行きまーす。

1~2年前ぐらい私は非常に困ってましたが、霊感ゼロ、退行催眠かからない、瞑想できない状態で更に困って、桜井識子さんのブログに感化され、神や仏に頼ろうと、ボチボチ神社仏閣めぐりをしてました。
そんな折に「中山寺」の文字が目に飛び込んできます。町の広告、ネットの中、何気ない会話(中山美穂、中山エミリ)etc....「うっさいんじゃ!」となりましたが、あれか、あれなのか?と思いタロットでミカ姫様(私のガイド)に聞くと「超オススメ」「ほんじゃ、近いし行くか」となりました。

Wikiより抜粋↓
中山寺(なかやまでら)は、兵庫県宝塚市にある寺院。
真言宗中山寺派大本山。山号は紫雲山。本尊は十一面観音。西国三十三所第24番札所。
本尊は十一面観世音菩薩であり、インドの勝鬘夫人(しょうまんぶにん)の姿を写した三国伝来の尊像と伝えられる。左右の脇侍も十一面観世音菩薩で、本尊と脇侍をあわせて三十三面となり、西国観音を総摂すると共に法華経に説く観音の三十三権変化身を表象し、真の三十三所巡拝と同じ功徳がえられるという。

中山寺に行ったら、おみくじで「大吉」が出て気分が良くなり、更に3駅分歩いて「売布神社(めふじんじゃ)」「清荒神清澄寺(きよしこうじん せいちょうじ)」を梯子しました。知らない土地の探検超楽しい♪
(今振り返るとコレ3つとも下照姫様を違う形で祀ってるんだと推測します。説明はしたいけど後にします。)

その頃「アマテラス=ニギハヤヒ」みたいな話がマイブームだったので、売布神社の御際神に引っかかりを感じます。

wikiより↓
売布神社(めふじんじゃ)は、兵庫県宝塚市にある神社である。式内社で、旧社格は郷社。旧川辺郡米谷村(まいたにむら)の産土神。 正式には旧字体を用い「賣布神社」と記す。
[祭神]下照姫神(高比売神)を主祭神とし、天稚彦神アメノワカヒコ(天若日子、天稚彦)を配祀する。一帯は物部氏一族の若湯坐連(わかゆえのむらじ)が拠点としていた地であり、本来の祭神は若湯坐連の祖である意富売布連[1](おおめふのむらじ)と見られる。
[歴史]推古天皇18年(605年)の創建と伝える。中世以降、貴布禰神社や貴布禰明神(貴船大明神)と称していたが、元文元年(1736年)、寺社奉行大岡忠相より地誌編纂を命じられた並河誠所の調査によって当社が式内・売布神社に比定され、以降は売布神社と称するようになった。末社は、豊玉神社、稲荷社、市杵島比売命(弁才天)。[由緒にいう推古天皇18年創建を証する史料等はなく、延喜式制定(927)以前からの古社であることは確かだが、その創建年代は不明。]

中山寺と売布神社の間に「市杵島姫神社」があるのですが、「市杵島姫神社」は、もともと中山寺の弁天堂だったらしい。それが明治の神仏分離の際に寺からわかれた、とのこと。
そもそも、今の中山寺は神仏習合色の濃い寺です。また塔頭の宝蔵院には弁天が祭ってあるのだから、もとからあった弁天堂が「神社」として別個の存在になったのは不思議でした。ただ、拝殿の軒下に、改修工事の時に寄付をした人たちの名前がリストアップしてあり、その二番目に、「中山寺殿、五十万円」の文字が。切り離されたはずなのに、この関係の深さ、、、

気になる。何これ、わざと?謎かけですか?市杵島姫様なんで両方共通なの?

気になる事はなんでもgoogle先生に質問する私。
暇な専業主婦なので「下照姫様」について去年、半年程検索しまくってました。
「古代日本は大物ほど名前が多い」の法則を知ってたので名前について検索を掛け捲ります。
(つづく)

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