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玉造稲荷神社のご紹介

♪何でもないような事が~幸せだったと思う~♪♪(ロード by THE虎舞竜)
うん。まあ。そうだね。
若い頃、転職と失業を繰り返し、風呂なしアパートの家賃すら払えず、来月からは野外キャンプ開始か??と怯えていた時期があると、風呂の付いたお家での主婦生活は極楽です。イェーイ☆イイことが先でも後でも結局幸せってことですかね?

グレイさんに伺っても答えが出ないので、もういい。自分で決める。と勝手に好きな神社行って参りました。
その名は『玉造稲荷神社』(公式HP) 私の好み。あの世にfacebookがあったら「いいね」ボタン100回押します。

主神: 宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)
相殿: 下照姫命(ひもてるひめのみこと)、月読命(つきよみのみこと)、稚日女尊(わかひるめのみこと)、軻遇突智命(かぐつちのみこと)

垂仁天皇18年(紀元前12年)に創建された古社であり、当時は比売社と称していたとされています。
今年で創建2027年ですね。古ければ古いほど私は萌えます。
玉造(たまつくり)とは、古代「勾玉」などを作っていた「玉造部(たまつくりべ)」の居住地であったことに因んで付けられた地名であるとされています。丹波の国みたいですね。
なお、古墳時代に起きた丁未の乱(蘇我氏と物部氏の戦い)の際には、蘇我側に立った聖徳太子が この地に布陣して戦勝を祈願し、戦勝後当地に十一面観音を祀る観音堂を建てたという伝承が残されているようです。
また、戦国時代には豊臣大坂城の三の丸に位置し、豊臣・徳川時代を通して大坂城の鎮守とされ、そのときは豊津稲荷社と称していたとされています。なお、江戸時代には伊勢参りの出発点とされたんだそうです。

こちら現地の様子です。
玉造稲荷神社_1
2000年以上前だと神仏習合前で荼枳尼天と混じってないから狛犬なんですかね。かわいいです
奥の境内末社、万慶稲荷神社(まんけんいなりじんじゃ)、新山稲荷神社(しんやまいなりじんじゃ)は狐様がいらっしゃいました。

玉造稲荷神社の祭神は古くから「五幸稲荷大明神(ごこういなりだいみょうじん)として崇敬者に慕われており、伏見稲荷大社の分霊を直接祀らない稲荷社である」とされています。伏見稲荷とは異なる稲荷神であります。また、江戸時代には創祀年代の古さから地元では「もといなり」と呼ばれていたそうです。

なんか「鳥獣戯画」みたいな可愛い狐様は『伏見と玉造のおいなりさんの出会いを描いた絵図 「摂陽奇観」より』だそうです。

「五幸稲荷社は、火難・水難・盗難飢餓・産難を除く、宇賀御霊命(うかのみたま)を祀る日本唯一の稲荷社です。」と説明されています。また、同じ大阪市内にある河掘稲生神社(こぼれいなりじんじゃ)にも弥生時代に「稲生(いなり)の神」を祀ったことに始まるとされていることから、もしかすると大阪には伏見稲荷以前の稲荷信仰があったのかもしれません。
人文研究見聞録 様より拝借しました)

私パワースポットとか行っても何があるのかさっぱり分からない人なんですけど。
古い神社には古い伝承が沢山あって、古代歴史を考察するヒントが石碑とかに刻んであって、勝手な妄想を膨らませてワクワクしてしまいます♪
色んな人の大人の事情があって、おかしな事になってる部分もあるけど、でも、大昔確かに其処に誰かが居て子々孫々、つまり僕らの幸せを心から願い、祈った人が居たことを後世の誰かが気にするのもいいかなと思うのです(神社は単なる昔の市役所の機能もあったそうですが)。
気になる人は「ニギハヤヒ」「アマテラス」辺りをgoogleってみるといいかもよ?

こうゆう所は有名にならなくていいから、未来永劫、子々孫々、存続してくれるといいな。と願ってます。

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